孤独・孤立の課題が複雑化する中で、社会福祉協議会や中間支援組織には、制度やサービスだけでは届きにくい「たったひとりの声」に向き合う力が求められています。
柏ワガママLabは、柏市社会福祉協議会と株式会社IRODORIがともに取り組んできた、地域の中にある小さな願いや違和感を起点に、人と社会のつながりをつくる実践です。
本記事では、重層的支援体制整備事業における参加支援の現場で、ワガママLabがどのように活用され、福祉の現場にどのような変化を生んできたのかを、柏市社会福祉協議会の皆さんとの対話から紹介します。
▶︎この記事でわかること
- 柏市社会福祉協議会と株式会社IRODORIが取り組む「柏ワガママLab」の概要
- 孤独・孤立に向き合う参加支援の現場で、ワガママLabがどのように活用されたのか
- 「ニーズ」ではなく「ワガママ」として声を聞くことで見えてきた地域福祉の可能性
- 社会福祉協議会・自治体・中間支援組織が、地域の人の出番をつくるためのヒント
- コンセプトブック「柏ワガママLab観察日記」に込められた考え方
▍柏ワガママLabとは何か
柏ワガママLabとは、柏市社会福祉協議会と株式会社IRODORIが実践してきた、地域の中にある「たったひとりのワガママ」を起点に、人と社会のつながりをつくる参加支援の取り組みです。
▍孤独・孤立に向き合う参加支援として始まった背景

【谷津】今回はゲスト回です。柏市社会福祉協議会から、柏ワガママLabを一緒につくってきた高橋さん、江里口さん、岩田さんにお越しいただきました。早速ですが、柏ワガママLabはどのようなきっかけで始まったのでしょうか。
【高橋】きっかけからお話しすると、福祉の世界で重層的支援体制整備事業が始まる時に、当時の柏市の課長さんから問いかけられたことが大きかったです。
「これから重層的支援体制整備事業が始まるけれど、新しい縁をつくっていかなければならない。その縁をつくれていますか」
「本当に孤独・孤立を抱えた人に向き合えているのだろうか」
「福祉以外の人と、ちゃんと連携できていますか」
そういう問いが飛んできたんです。
自分では、ちゃんとやっているつもりでした。でも冷静に考えると、全然できていないなと思いました。その時、新しい考え方を入れていこうという話になり、IRODORIさんと出会い、ワガママLabが、1つの出発点になるかもしれない。そう思ってスタートしたのが、最初のきっかけです。
【谷津】最初にワガママLabですと聞いた時、高橋さんはびっくりしませんでしたか。
【高橋】最初は本当に、何だろうと思いました。ワガママという言葉自体を、どちらかというとマイナスに捉えていた部分もあります。ただ、それを逆手にとって面白い展開をしているんだなという感覚はありました。一方で、具体的にどうやってやるのか。どんな展開になるのか。そこは最初、想像がつきませんでした。
▍講師を「ひとりの人」として見ることで生まれた変化
【谷津】柏市の実践では、「たったひとりのワガママ」をワガママ会議という場で可視化し、そのワガママに伴走していくところから、福祉の実践につなげてきました。
ワガママを引き出しながら、それが地域や社会につながり、福祉の事業になっていく。この経験を通じて、活動にはどんな変化がありましたか。
【岩田】たとえば、講師と呼ばれる立場の方たちがイベントを開催する事業があります。これまでは、講師の方がすでにつくり上げてきた内容を、オープンスペースで実施してもらう形が中心でした。でも、講師の方と話していくうちに、ワガママ会議で学んだことを通じて、もっと講師の方をひとりの人間として見たいと思うようになりました。
この人は本当は何をやりたいのだろう。
誰に何を届けたいのだろう。
そこをちゃんと聞いて、形にしてあげたいという思いが膨らんでいきました。
これまでは、参加者の人数やイベントの成功が目的になっていたところが、自分のやりがいや楽しさ、生きがいをつくることで、イベント自体に命が加わっていく感覚があるんです。
【谷津】今のお話は、すごく大事ですね。講師の方のワガママを、ちゃんと引き出していたということですよね。
【岩田】そうです。ワガママ会議を通して引き出せるようになっていったのだと思います。
▍集客よりも、「その人のチャレンジ」を大事にする

【谷津】行政や社会福祉協議会の活動では、講師の先生をアサイン、実施で終わる形も多いと思います。イベントの年間回数やスケジュールが決まっていて、そこに講師をどう配置するか。ある意味、流れ作業のようになってしまうこともある。
もちろん、それは良い悪いではなく、そうせざるを得ない事情もあると思います。
ただ、柏市ではそこから一歩進んで、講師の方たちのワガママを引き出しその結果、参加者の満足度だけでなく、講師の方たちの生きがいも高まっていったということですよね。
【岩田】講師の話を聞いていると、型にはまった形を繰り返していたところから、もっと違う方向でやりたいのではないかと感じることがありました。
たとえば、「実はこういうことをやってみたかったけれど、あまり集客が望めないから」と言われた時に、「オープンスペースは無料だから、集まらなくても大丈夫ですよ。ここでしかできないから、やりましょうよ」と声をかける。
そうすると、「やってみましょうか」という会話が生まれ、講師の方も、すごく楽しそうにイベントをやるようになります。もちろん、うまくいかないイベントもあります。でも、そうすると「改良しようか」となる。そこに、ちゃんとPDCAが回っているんです。
【谷津】僕たちもワガママ会議の中で、「5人集まったら反省会だ」という話をしていたと思います。新しいことを始める時、どうしても集客数が気になります。でも、100人集まるイベントで100人全員が満足できるかというと、そうとも限りません。
むしろ5人くらいで、お互いの話をじっくりし合えた方が、満足度が高いこともある。
だから、5人以上集まったら反省会をするくらいの感覚でいい。
そういう考え方が皆さんの中に入り、まず集客ではなく、講師の先生たちのチャレンジが大事という考え方に変わっていったのかもしれません。
【岩田】そうですね。私は突拍子もないことや、とんでもないことを言い出すんです。
それで周りを巻き込んでいく中で、江里口さんがすごく上手に軌道修正してくれます。
【谷津】岩田さんから、講師の方たちのワガママが可視化され、新しい挑戦につながっていったという話がありました。一方で、「これはやりすぎなのではないか」と思うものも出てくる可能性がありますよね。そうした時に、どうチューニングしていくのでしょうか。
【江里口】私は基本的に、岩田さんがすごく遠くの先にダッシュで走っていくので、とにかく提案してくださる方と岩田さんの話を、聞き逃さないようにしています。
その中で、組織としてここまでいけるかなというチャレンジも必要だと思いました。だから、なるべくできないと言うのではなく、できる方法は何だろうかと一緒に考えることを意識してきました。
▍「ニーズ」ではなく「ワガママ」として声を聞く意味

【谷津】高橋さんは課長職として、責任を取る立場でもありましたよね。
最初は「ワガママって大丈夫?」という感覚もあったと思います。でも、そこから「まずやってみよう」と変わっていったポイントは何だったのでしょうか。
【高橋】福祉では「ニーズ」という言葉を使います。でも、「ワガママ」として拾ってきた言葉の方が、本当に大事な本質を含んでいるのではないかと、だんだん分かってきました。
それを実現してみようとなった時、これまでそんな事業展開の仕方をしたことがありませんでした。
何のためにやるのか。その先に何があるのか。
もちろん、組織としては大事な問いです。でも、そればかり考えていると何もできない。新しいものは生まれないのだと分かってきました。
最初はおっかなびっくりでした。
でも、何が生まれるか分からないけれど、まずやってみようと始めました。
その先に、これまで見られなかった景色が出てきた感覚があります。
ワガママは、たったひとりのところからスタートします。
そのたったひとりのためにエネルギーをかけることや、業務として関わることに対して、葛藤もありました。中でも相当議論しました。
でも、やってみた先に、たったひとりのためにスタートするものは、たったひとりのものではないと分かってきました。そこが本当にすごいなと思ったところです。
【永井】イメージとしては持てていても、実際に社会福祉協議会の現場でそれを実感しているというお話を聞けて、私もすごく感慨深いです。
▍ 実践を伝えるために生まれた「柏ワガママLab観察日記」


【谷津】今回、皆さんと一緒に「柏ワガママLab観察日記」というコンセプトブックをつくりました。2022年から勉強会を始めて、2023年頃からワガママ会議を実践するようになり、すごく良い事例がたくさん出てきた。
ただ、それを誰かに伝えようとすると、誰も上手に説明できない状態でもありました。長く話せば「すごいですね」と伝わるけれど、短く分かりやすく表現するのが難しかった。
【永井】柏ワガママLab観察日記は、2023年から今日に至るまで、柏市社会福祉協議会の皆さんがやってきたことが詰まっているコンセプトブックです。
やってきたことをノウハウ的にかっちり書くことは、もっと楽だったのかもしれません。
でも今回は、観察日記という柔らかい世界観で、読みやすく仕上げているのがポイントです。また、社会福祉協議会の皆さんをおせっかいな黒子というメタファーで表現しています。
【谷津】この冊子をつくって、周囲の反応はいかがですか。
【高橋】5月に全国の方が集まるシンポジウムがあり、そこで冊子をお披露目しました。
参加人数分を用意したはずなのに、足りなくなるくらいでした。それだけ求められているものなのかもしれないと感じました。
内部の職員からも、「すごく感動した」という声が出ています。
【谷津】もともと、関係者の方たちはこの取り組みの奥行きを理解しているけれど、それ以外の方たちにもうまく伝えたいという思いがありましたよね。岩田さんは、どんな反応を感じていますか。
【岩田】以前は、人をカテゴリーで分類して、仕事を進めやすくしていたのではないかと感じます。
ワガママLabに出会う前は、「これは教育だよね」「これは福祉だよね」「これは違うよ」と、企画書に何度もバツをもらっていました。でもワガママLabに出会ってから、高橋さんが「じゃあ、やってみようか」と変わっていきました。それは、人をカテゴリーで分類するのではなく、人を見るようになったのだと思います。
たとえば、学生さんがひとりのワガママを叶えるために講師になることがあります。
普通、講師というと、資格や肩書きがある人を想像するかもしれません。でも、そうではなく、地域にいる人や、ふらっとラコルタ柏に来た人など、誰もが講師になれるチャンスをつくれるようになりました。
そこから、いろいろなワガママが生まれ、地域に広がっていく。今はそれを体感しています。
【谷津】今のお話は、自己効力感にもつながると思います。「自分は誰かの役に立てる」と思えることで、人は変わっていく。柏ワガママLabには、「こんな自分でも講師になれるんだ」と感じられる出番があるんですよね。
自分から強くやりたいと言うわけではなく、ふらっとコーディネーターの皆さんと話していたら、「それ面白いから、今度やってみませんか」と声をかけられる。
そして気づいたら、多くの人から「ありがとう」と言われる。そういう出番を、どんどんつくっているということですよね。
▶ 「柏ワガママLab観察日記」をダウンロードする
▍「ワガママの再定義」が、現場の人の心に届いた理由
【谷津】江里口さんにもお聞きしたいです。冊子をつくって、周りの皆さんからの反応はありましたか。
【江里口】
地域の職員の皆さんの中には、この冊子を読んで涙を流した方がいました。
私たちは普段、当たり前のようにやっているので、どこで泣いたのだろうと思うくらいの感覚でした。
でも、この取り組みが誰かひとりでも心に刺さって、やってみようと思える冊子になったのだと感じられて、すごく嬉しかったです。

【永井】この冊子は、柏市社会福祉協議会の皆さんと、社会福祉協議会で勤務経験のあるIRODORIメンバーの遠藤が中心になってつくりました。
現場のたくさんのケースを共有しながら、その中で共通原理を導き出して書いています。
ロジックだけではなく、事例も入っています。
だから現場を知っている方が読むと、自分自身の人との出会いを思い出すものがあるのではないかと思います。
【谷津】僕も、涙が出たページがあります。「ワガママの再定義」というページです。
そこには、こんなことが書かれています。
「ワガママを言いましょう」と言われて、びっくりした。
でも、ふと立ち止まって考えた。「ワガママは言ってはいけない」と教えられ、期待に応えようと頑張るうちに、私たちはいつの間にか自分自身の本当の願いすら言えなくなっているのではないか。
私たちが出会ってきた人たちも、みんな本当に我慢強かった。
本当は、もっとワガママになってほしかった。我慢の限界が来る前に、もっと早くこうしたいと言ってほしかった。
だから私たちは、本来であれば積極的にスポットライトを当てることのないワガママを、あえて舞台の真ん中に置いて活動を始めてみることにした。
この表現が、すごく大事だと思いました。
福祉関係者や教育関係者、行政職員の方々と仕事をしていると、皆さんが我慢を重ねて潰れてしまうケースを見ることがあります。それは、地域の人たちにも重なるかもしれません。
「正しいことをしなければならない」という空気の中で、生きづらくなっている世の中に対して、柏ワガママLabはあえてスポットライトをワガママに当て「真剣にふざける」をテーマに活動しているのではないか。そのことを表現できたのが、この冊子の素敵なところだと思っています。
▍福祉の理想と現実の間で、変わらなければならない時代に何をするか

【谷津】現場の方たちには、理想の福祉があると思います。一方で、福祉の業界には国の制度や行政の制度が明確にあります。制度に則らないと、事業としても予算としても成立しにくい。
その理想と現実の狭間で悩んでいる方は、たくさんいるのではないかと思います。
そういう業界共通の悩みに対して、こうした実践を冊子として発信できたことには、大きな意味があると思います。この冊子を通じて、どのようなメッセージを伝えていきたいですか。
【高橋】今は、変わらなければならない時代なのだと思います。
今までやってきたことでは歯が立たない。
福祉の課題は大きくなっていて、担い手も少なくなっている。
地域も弱まっているように感じます。
どう手を打っていけばいいのか。
その時に、新しい切り口や新しいやり方を学べるものが必要でした。
でも、よく考えると、本来ニーズに基づいた活動は、ワガママのようなところから出発することが本当に大事なのだと分かりました。
それを上手に伝えることには、僕らにも限界がありました。
この冊子を通じて、それを伝えるきっかけができたと思っています。
▍ワガママが地域に広がることで生まれる協働の「渦」

【谷津】最後に、今後、柏でこういうことができたらいいなというものをお聞きしたいです。
【岩田】私たちは、生きづらさを抱えた人たちと接する機会が多くあります。そういう人たちは、ルールや社会の中で生きなければならない、自分が何かをしなければならないという思いを、自分の中に抱え込んでしまっていることが多いです。そこから脱出できないこともあります。
私たちはよく「渦」と言います。
何かが起こった時に、その渦に飲まれてみて、ぐるぐる一緒に回ってみる。
そうすると、自然と見えてくるものがあります。それを実感してほしいと思っています。
実際に、イベントの中で渦が起こった時に、それを少しずつ感じてくれる人が増えてきている実感があります。いつか柏市全体、なんなら世界中に渦を起こせたらいいなと思っています。
【谷津】今、ニュースなどを見ていても、生きづらさが年々増していると感じる方は多いのではないかと思います。そんな中で、柏ワガママLabのような活動があることを、多くの方に知ってもらえるといいなと思います。最後に、高橋さんから一言お願いします。
【高橋】僕らは、重層的支援体制整備事業の中でも、特に参加支援の角度でIRODORIさんにお世話になりました。
参加支援は、個に対して人と社会をつなげていく事業です。
ワガママLabのたったひとりのところからスタートするという考え方と、すごくマッチしたと思います。結果的に、この参加支援やワガママの手法は、これからの地域づくりにもすごく大事だと感じています。
それこそが、これから人の縁をつくっていく大事な手法なのだと学びました。
ぜひ、この取り組みを活性化していきたいですし、一緒に取り組む仲間をこれからも増やしていきたいです。
【永井】改めて、私自身もワガママLabの理解が、皆さんのおかげで深まりました。
【谷津】今日はゲスト回として、柏市社会福祉協議会の高橋さん、江里口さん、岩田さんにお越しいただきました。皆さん、本日はありがとうございました。
まとめ:たったひとりのワガママは、たったひとりのものでは終わらない
柏ワガママLabの実践は、孤独・孤立に向き合う参加支援を、制度上の事業としてだけでなく、「その人の願いを地域の出番につなぐ協働のプロセス」として捉え直す取り組みです。
福祉の現場では、どうしても「支援する人」と「支援される人」という関係になりやすい場面があります。けれど、ワガママLabが大切にしているのは、その人を困りごとの中だけで見るのではなく、「何をしたい人なのか」「誰とつながりたい人なのか」「どんな出番を持てる人なのか」と見つめ直すことです。
たったひとりの声に向き合うことは、非効率に見えるかもしれません。しかし、そのひとりの願いから、同じ思いを持つ人が集まり、地域の人が関わり、新しい場や関係性が生まれていくことがあります。
参加支援とは、単にどこかの活動につなげることではありません。その人が、自分の願いを持ったまま、地域や社会ともう一度つながっていくプロセスです。孤独・孤立、参加支援、地域協働、居場所づくりに取り組む社会福祉協議会・自治体・中間支援組織にとって、柏ワガママLabの実践は、これからの地域福祉を考える大きなヒントになるはずです。