概要
私たちは2017年から、地域おこし協力隊の採用支援、着任後の研修や伴走支援に携わってきました。
今回訪れたのは、福島県最南端のまち、矢祭町(やまつりまち)。ここで、2つの職種で地域おこし協力隊を募集するにあたり、行政・住民・現役の協力隊が集まるリビングラボを実施しました。
募集する協力隊は、「スポーツを通じたまちづくりを推進する協力隊」と「矢祭もったいない市場を支える協力隊」です。いずれも、地域と人とのつながりを育み、町の未来をつくる活動です。
協力隊を地域に根づいた存在として受け入れるためには、地域のリアルな声に耳を傾けることが不可欠です。募集前の段階から現場の皆さんと話し合いを重ね、必要とされる役割や関わり方を一緒に考えることを大切にしています。
自然と人が、ちょうどよく寄り添う町。福島県・矢祭町(やまつりまち)
福島県の最南端、茨城県との県境に位置する人口約5,500人のまち、矢祭町。東京からは電車で約3時間。都会の喧騒を離れたこの町をご紹介いたします。
■ 山の恵みと暮らす、静かな日常
町の約8割が森林。とくに有名なのが、全長10kmの遊歩道が整備された「滝川渓谷」です。春の新緑、夏の涼しさ、秋の紅葉、冬の静けさです。季節がはっきり感じられる環境が、日々の暮らしに豊かさをもたらします。
地元の名産には、ゆず、しいたけ、天然水、棚田米などがあり、農産物直売所「あゆの里 直売所」では新鮮な旬の野菜が手に入ります。一次産業とつながる暮らしが、すぐそこにあります。
■ 全国から注目された「住民発の図書館」
2005年に開館した「矢祭もったいない図書館」は、全国でも珍しい寄贈型・住民参加型の公共図書館。行政が主導するのではなく、町民自らが本を寄贈し、管理・運営にも関わるこの図書館は、地域に根ざした学びと交流の拠点として注目を集めました。
地域の公共施設やイベントにも住民の意見が反映されるようになり「町のことを自分たちでつくる」という意識が息づいています。
■ 人との距離が近いから、関われる
役場の人や地域の担い手たちとの距離が近く、「顔が見える関係」で物事が動いていきます。町の面積は福島県内で2番目に小さく、全域がほぼ生活圏。何か始めたいと思ったときに、関わる人とすぐつながれることが、矢祭町の大きな強みです。
住民と共に描く”これからの矢祭町”
今回のリビングラボは、矢祭町の行政職員、現役の地域おこし協力隊、そして町の未来に関わる人たちが集まり、座談会形式のワークショップを行いました。現場で交わされた言葉や表情には、「町をよくしたい」という本音と情熱があふれていました。
スポーツが町の日常に。鳴瀬さんが届けた、新しい風景
1つ目のテーマは「スポーツを通したまちづくり」
参加者の中心にいたのは、地域おこし協力隊の鳴瀬さん。
彼は、子どもたちの体力低下や運動の機会不足に着目し、放課後のスポーツ教室や朝のランニング、高齢者向けのウォーキングイベントなどをゼロから立ち上げました。その活動は「スポーツが地域の共通言語になる」ような広がりを見せ、町の中に新しい風が吹き始めています。
マラソン大会では親子が一緒に走り、子どもの変化を地域全体が喜ぶ。かつて運動が苦手だった子が「楽しい」と言い始め、参加する大人の数も増えてきました。
矢祭町役場のみなさんからは「鳴瀬さんのおかげでまちが変わった」という声が終始絶えませんでした。
「最初は“自由にやっていい”と言われても、何をすればいいのか分からなかった」と振り返る鳴瀬さん。けれど、試行錯誤の末に生まれた取り組みは、保護者や地域住民の信頼を得て、いまや町の大きな財産になっています。
■「もったいない市場」が運ぶのは、野菜と一緒に町の“空気”
もうひとつのテーマは、「矢祭もったいない市場」。座談会では、立ち上げから関わってきた熊田さん、須藤さん、そして町の関係者が、その歩みを語ってくれました。
この市場は、流通に乗らない矢祭産の野菜や加工品を「もったいない」と感じたところから始まり、今では東京の神社の境内や銭湯の前などで月8回も開催されています。
そして、活動を続けるうちに「もったいない」の意味が変化していきました。
かつては、「捨てるのがもったいない」
今では、「こんなに美味しいものを、地元だけで味わうなんてもったいない」
顔を思い浮かべながら野菜を育て、届ける人の生活を思って加工品をつくる。市場は今、“売る場所”から“町の想いを届ける場所”へと進化しています。
「熊田さんに会いたくて来た」
「矢祭町の人と話したくて来た」
そんな声が、お客さんから自然と生まれる。市場は、まるで町そのものが移動してきたかのような、ぬくもりのある空間になっています。
参加者の声に見えた、“町の日常”の変化
ワークショップを通じて見えてきたのは、協力隊の活動が少しずつ町の風景を変え、住民の心にも変化を生んでいるという実感です。スポーツの取り組みについては、保護者や行政職員からこんな声があがりました。
「親子でマラソン大会に出るのが楽しみになったり、朝ランに子どもを送り出すのが日常になってきたんです。」
かつて運動に苦手意識を持っていた子どもが、「最近、走るのが楽しい」と言い出す姿に、大人たちも自然と巻き込まれていきました。
「子どもに誘われて参加してみたら、自分も運動が楽しくなってきた」
「運動を通じて、地域全体がつながっている感じがする」
スポーツが、町の中で“誰かの活動”から“みんなの日常”へと変わっていく、その実感が会場に静かに広がっていました。
一方、もったいない市場についても、こんな声が届きました。
「東京の会場で、農家さんとお客さんが本当に楽しそうに話しているんです。あの温かさは、他では感じられないと思います。」
出店者は、「誰が買ってくれるのかを想像しながら野菜を育てている」と話し、お客さんは「熊田さんに会いたくて来た」と言う。市場は、ただモノを売る場所ではなく、人と人の思いが交わる“町そのものを感じられる場所”になっていることがわかりました。
「運動を通じて、町に笑顔が増えた」
「野菜を通じて、町の空気が都市に届いている」
どちらの取り組みにも共通していたのは、“人とのつながり”が、矢祭町の新しい日常をつくっているという確かな手応えでした。
プログラムを通して見えてきた、町の“文化”の芽
今回のリビングラボを通じて、スポーツやもったいない市場の取り組みが、単なるプロジェクトではなく、矢祭町の暮らしに根づく文化になり始めていることを実感しました。
スポーツの取り組みは「町の文化」になりつつある
鳴瀬さんの活動をきっかけに、矢祭町に根づいてきたスポーツの風土は、いまや「個人の指導」ではなく、「地域全体が育てる文化」になりつつあります。子どもたちの運動能力の向上だけでなく、それを喜び、支える大人たちの関わり方が町の中に生まれました。
放課後の時間に運動を楽しむ子どもたち、高齢者向けのウォーキングイベントに参加する住民たち。こうした日常の風景の中に、協力隊の活動が確かな“足跡”として刻まれています。
次に迎える協力隊には、こうした土台のうえで、さらに“広げる・深める”挑戦が求められています。
「もったいない市場」は、町の暮らしごと都市へ届ける場
一方、もったいない市場は「販売する場」を超えて、「矢祭町そのものを運ぶ場所」として認識されていました。野菜や加工品と一緒に運ばれているのは、矢祭町の空気感、作り手の想い、そして丁寧な暮らしそのものです。
買う側も、単なる消費者ではなく、「応援したい」「この野菜のストーリーを知りたい」と、町のファンになってくれている。その関係性は、単なる“産地直送”とは違う、人と人のやり取りをベースとした“関係の直送”といえるものです。
今後に向けて
今回の対話を通じて、町の中で育まれてきた活動を次世代へとどうつなぐか、そのビジョンを共有することができました。
6月から、いよいよ新たな協力隊の募集がはじまります。
IRODORIでは、引き続き、矢祭町の地域おこし協力隊の募集・着任に向けてサポートを行っていきます。
▼矢祭町地域おこし協力隊の募集について
【 スポーツのある日常を広げる。スポーツを通じたまちづくりを行う協力隊募集】
https://www.town.yamatsuri.fukushima.jp/page/page001094.html
【矢祭産を東京へ “矢祭もったいない市場” を支える協力隊募集】
https://www.town.yamatsuri.fukushima.jp/page/page001095.html